第50回 竹下景子さん

2022 対馬の夏

 対馬に行くのが夢だった。冊子で見た愛らしい対州馬の澄んだ瞳に虜になった。それが、旅の番組『遠くへ行きたい』で実現した。昨年7月、出発前に対馬の旅行ガイドを探したが、ない。在庫がないのではなく、対馬が載っていないのだ。同じ長崎県の壱岐はどの出版社も取り上げているのに。やっとのことで長崎県観光連盟発行の『IKI & TSUSHIMA』を見つけた。
 南北に長い対馬。意外にも本土5島を除いて日本で5番目に大きい島だそうだ。島の北端から釜山までは約50km。夏の花火、空気の澄んだ季節には漁り火や通りを行く車のヘッドライトも見えるという国境の島だ。この島を語るには太古からの大陸との関係を抜きにはできない。
 島の面積の80%以上を占める森は独特の生態系を育んできた。まさに自然の宝庫。ツシマヤマネコはそのシンボル、いやもう、アイドル。約10万年前に大陸から渡って来たとされていて絶滅危惧種に指定されている。まあるい耳とふさふさしっぽがご愛嬌。対州馬は古墳時代、モンゴルから朝鮮半島を経由して輸入されたらしい。小粒で力持ち。話していると、いつしかそっと寄り添っている。人懐っこいのは、代々、島の女性達が我が子のように慈しんできたからに違いない。
 島の北部に広がる佐護平野を訪ねた。エコツーリズムに参加する。〈農家に民泊〉で島の活性化を図っているのだ。「推し」は、もちろんツシマヤマネコ。彼らは田んぼにすむ昆虫やカエル、ネズミを餌としている。子育ての時期は田んぼの畦で寛いでいる親子の姿も見られるとか。現在は、保護団体と農家が連携して低農薬での農業を実践している。人とツシマヤマネコとの共生。『佐護ツシマヤマネコ米』はブランドになった。人にも野生にも優しい環境への取り組みは、少しずつ成果を上げている。宿のお母さんが握ってくれた塩おむすびは、その手の温もりがふんわり伝わってくるようだ。頬張ると優しい甘さが口いっぱいに広がった。対馬には、島時間とともに確かな人の営みがある。本物に出会う旅。都会の喧騒に疲れたら、またこの島に還ってこよう。満天の星空の下、心に誓った。

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イラスト:今井夏子
さくまゆみこ

竹下景子(たけした けいこ)

愛知県出身。NHK『中学生群像』出演を経て、1973年NHK銀河テレビ小説『波の塔』で本格デビュー。映画『男はつらいよ』のマドンナ役を3度務め、『学校』で第17回日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞。テレビ・映画・舞台への出演のほか、国連WFP協会親善大使を務めるなど幅広く活動。

「子どもの本で平和をつくる―イエラ・レップマンの目ざしたこと」

2023.02更新

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