少し前から小さな庭のある借家で暮らしている。老父のそばに住もうと引越しを決意して物件を探していた時、建物の古さや狭さ、風呂に追い焚き機能が付いていない等々の瑕疵に目をつぶってでもこの家に決めたのは、庭があったから。引越し前に住んでいたのは専用庭の付いたマンションだったので、花の鉢がたくさんあり、庭のない物件では移住が難しかったのだ。
その庭で毎年、プランターや植木鉢に野菜の苗を植えている。庭とは言え借り物なので、苗を地植えするのは躊躇われ、また、台風が来ても鉢植えならば避難が簡単、と思うからだ。定番のトマト、ゴーヤ、ピーマン。それに花が美しいのでオクラも。茗荷、胡瓜。青紫蘇やバジルなどのハーブ類。
それなりに育つ苗もあれば、ほとんど実をつけずに枯れてしまったものもある。それでもなんだかんだで、夏野菜の自家消費分の三分の一くらいは、ママゴトのような家庭菜園でまかなっている。青紫蘇などは勝手に種を飛ばして庭中に増えてしまった。
それでも黄金虫の幼虫に根を食われたり、びっしりと付いたアブラムシやカメムシのせいで元気がなくなってしまったり、日が当たり過ぎて高温障害を起こしたりと、毎年災難がふりかかる。苗代、肥料代、土の再生材代、旅行で留守にする時に便利屋さんに水やりを頼むお代と、経費の方が収穫をはるかに上回っているのは明白で、労力も考えると、収穫した野菜はかなりお高いものについている。趣味と割り切らなければやってられない。
比して、スーパーに並ぶ野菜のなんと見事なこと、なんと安価なこと。買い物のたびに、小さな感動をおぼえてしまう。しかも季節はずれでも毎日買うことができるのだ。
お遊びの家庭菜園でも、自分でやってみて初めて、市販される野菜もみな生きものなのだ、と実感した。それらは愛しまれて育てられ、祈りと共に出荷されたのだ。
野菜とは、育つ力と育てる愛の結晶である。野菜を食べることは、育つ力、育てる愛に触れること。その喜びを噛み締めつつ、今日もたくさん野菜を食べる。
いただきます、と手を合わせて。
柴田よしき (しばた よしき)
東京生まれ。1995年横溝正史賞を受賞、『RIKO-女神の永遠』で作家デビュー。ミステリーを中心に、SF、時代小説など幅広く執筆。趣味は蝶の写真を撮ること、プロ野球観戦、映画鑑賞。映画は年間200作ほど観ます。プロ野球は東京ヤクルトスワローズを応援。