「食」と「農」のエッセイ

日本ペンクラブ会員の著名人によるリレーエッセイ

第84回 清水義範さん
にっぽんの「食」です

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 海外旅行から帰ってきて、成田なり羽田なりに着きました。さてそこで、空港ビルの食事処であなたなら何を食べますか。
 つまり、慣れない外国の食事が続いたあと、日本で何を食べたくなるか、という話です。
 いろんな考えの人がいるでしょう。天麩羅だ、すき焼きだ、いや、もっと地味に味噌汁だ、などと。私は梅干しだ、なんて人もいるかもしれない。
 私の場合、若くて体力がある頃は寿司をよく食べていました。ああこれこそ日本の食だなあという気がして、日本酒をやりながら寿司をつまむのが帰国した楽しみというものだった。醤油とわさびが、日本の食の生命線だったような気がします。
 ところが、だんだん年を取ってくると、日本に帰ってきていきなり寿司というのは少し重いな、という具合になってくるんですね。西洋の、少々ハードな肉料理ばかり食べさせられて、胃が弱ってきているわけです。その胃に生魚がちょっと重くて、そんなには食べられなくなるのです。
 そんなわけで、私も老人になってからは、成田ではそばだなあ、という気分になってきました。ざるそばでもいいし、かけもあの汁のだし味がなんとも日本ならではで、胃が喜ぶんですね。帰り着いた日本では、まずそばですよ、という気分でいます。
 そして、そばのうまさの正体は、実のところかつお節のうまさなんですね。日本の食というのは、かつお節と大豆で構成されているような気がします。大豆は、味噌と醤油であり、豆腐であり納豆であり、日本食の味の基本なんですね。そしてそれをかつお節のだし味がまとめている。それが私たちの食の根本のような気がします。
 そのほかに、外国ではまず食べないが日本人が好んで食べるのが海藻ですね。昆布やわかめのことを言っているんです。
 どうもそんなところに日本の味というものがあるらしい。そして、普段はそんなに意識していないのに、外国から帰ってくるとまず食べたくなるわけです。考えてみると、その帰国後の日本食まで含めて海外旅行の楽しみなのかな、なんて気がしています。

第84回 清水義範さん にっぽんの「食」です
イラスト:はやしみこ

清水義範(しみず よしのり)

1947年愛知県名古屋市生まれ。愛知教育大学国語科卒業。1981年に『昭和御前試合』で文壇デビュー後、1986年に発表した『蕎麦ときしめん』で独自のパスティーシュ文学を確立する。1988年、『国語入試問題必勝法』で吉川英治文学新人賞を受賞。2009年、中日文化賞受賞。『永遠のジャック&ベティ』等著書多数。

清水義範
『考えすぎた人ーお笑い哲学者列伝ー』新潮社
『考えすぎた人ーお笑い哲学者列伝ー』
新潮社
日本ペンクラブ

日本ペンクラブとは、詩人や脚本家、エッセイスト、編集者、小説家など、表現活動に専門的、職業的に携わる人々が参加、運営する団体です。
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