「食」と「農」のエッセイ

日本ペンクラブ会員の著名人によるリレーエッセイ

第88回 宮﨑信也さん
カレーライスと日本仏教

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 お寺の朝はお香の薫りではなく、ご飯の炊けるえもいわれぬ匂いから始まる。まず、法要の前に本尊に供える御霊供膳の中心は半球型に整形された湯気をたてる白米だ。その他、真言宗の寺院では仏を招く大壇の四隅に小さな円塔状の御仏飯が飾られる。お供えされるのは、決してパンや麺類ではなく白いご飯でなくてはならぬ。
 思えば、仏教国とされる地域は、米食文化圏と重なることに気付く。これは偶然のことだろうか?
 推測にすぎないのだが、仏教の我欲を抑え、生老病死の自然の流れを受け入れる穏やかな教えは、雨に恵まれる湿暖な気候風土に育まれ、現代まで伝えられてきたのではないか。
 そもそも、仏教の開祖、釈尊の出家の名前はゴータマ・シッダールタ(サンスクリット語)といい、姓のゴータマは「最上の牛(を飼う者)」の意であり、彼の父親はシュッドーダナ(同)と称され「浄飯王(じょうぼんおう)」と訳される。
 釈尊の生まれた釈迦(シャカ)族は、今の北インド・ネパール付近で、ヒマラヤからの雪解け水を利用し、牛を使って稲作を行っていたようだ。この水田の風景はかつての日本の水田を彷彿させる。
 一方、インドといえばカレーの発祥の地でもある。しかし、日本のカレーライスは仏教とは異なり、シルクロードを通って伝わったものではない。日本独特のカレーは、インドを植民地としていたイギリスでインドのカレー料理を元に誕生した西欧料理を起源とする。その特徴はシチューと同じく、小麦粉でとろみを加えることにあるという。
 日本仏教はインド伝来の密教であっても、先祖をおまつりすることを基本としている。御先祖さまは、仏と成ると共に祖霊という里山や田の神となって毎年、私たちにお米を届けてくれる。それを祀るのが、鏡餅であり、しめ縄であり、お盆をはじめとする夏祭、感謝としての秋祭だ。そのような日本のコメ文化の上にインド伝来のカレーがかかっている。カレーライスは現在の日本仏教の姿を体現しているのだ。
 さて、今夜はお仏飯を下げ、レンチンしてカレーライスを食べよう。いただきます。

第88回 宮﨑信也さん カレーライスと日本仏教
イラスト:はやしみこ

宮﨑信也(みやざき しんや)

1956年徳島県生まれ。高野山真言宗・般若院住職。大谷大学大学院修士課程卒。明治大学 野生の科学研究所研究員などを経て、現在日本ペンクラブ理事・環境委員会委員長。
編著書に『東方の知恵』(スコット・リン・ライリー著、角川文庫)、『ブッダの方舟』(中沢新一・夢枕獏共著、河出書房新社)などがある。

宮﨑信也
『東方の知恵』スコット・リン・ライリー著 宮崎信也編 角川文庫
『東方の知恵』
スコット・リン・ライリー著
宮崎信也編
角川文庫
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