もう四十年も昔のことだが、「北の国から」というテレビドラマのことを語ろう。一瞬の夏が終わると、北海道は収穫の時を迎える。見渡すばかりの人参畑が一斉に活気づく。山のような人参が選別される。いわゆる生産調整だ。この時である。我が主人公の五郎さん(田中邦衛)は、二股に分かれたのやら、ちびて市場には出せないような奴を勝手に持ってくる。盗むんじゃない、“いただく”のである。捨てられたものは何でもいただいて利用するのは、五郎さんの生きる姿勢である。何ら臆することはない。「もったいない」、かつて日本人が持っていて、今はどこかに置き去られた美徳なのだ。
こうして孤高の人である五郎さんは、資本主義文明に抵抗して小さな蕎麦の畑を作り、夏には可憐な花の中に佇(たたず)む。と、台本には書いてあり、観ている人もそう思っているが、我々はそうはいかない。一年前から土を掘り起こし、種を植え、肥料をまき、水を与えなければならない。美術班は何度も北海道を往復する上に、地元の農家の助けがなければどうにもならない。こうして、僕らと農家の人とは同じスタッフとなった。
ロケバスの運転手はもちろん農家の人である。「オトー」と呼ばれる気のいい親父が我が運ちゃんである。このオトーがいなければ、我々の撮影はにっちもさっちもいかない。現場に着いたらまずオトーのご託宣(たくせん)を仰がなければならない。山の天気は変わりやすい、天気予報はあてにならない。
「あの山に雲がかかってきたから、もうすぐ雪でないかい?」。この一言で、「それー!」っと予定のシーンをひっくり返し、役者は衣装を変え、いない時は呼び戻し、とにかく雪を待つ。キツネと天気は「北の国から」の主役である。五郎さんよりもだ。ということは、オトーは邦さんの上ということになる。何となれば、雪はきちっと言われたとおり降ってくれるからである。天をも動かすオトーの神通力こそ、我らが羅針盤であった。
そうして二十年、「北の国から」は終わり、やがてのどかな小さな牧場は、統合されて近代経営となり、牛の放牧もまばらになった。それからさらに二十年が過ぎ、もはやオトーの神通力はスマホにとって代わられた。
世界は限りないスピードで変わってゆく。人を置いて、どんどん変わってゆく。それも“幸福”とはほど遠く…。
「時がどんなに変わろうと、変わらないものがある」と、人の心の底流に流れるものを信じてきはしたが、近ごろはそれもまた揺らぐ。ひたすら文明を拒否する五郎さんの姿勢も、だんだん頑固オヤジの空威張りになってゆくのか?悲しいことである。

杉田成道(すぎた しげみち)
演出家・映画監督。1943年生まれ、愛知県出身。1967年にフジテレビ入社。主な演出作品は1981年から21年間続いたドラマ『北の国から』、ドラマ『ライスカレー』(1986年)、ドラマ『少年H』(1999年と2001年)など。映画監督としては『優駿』、『ラストソング』、『最後の忠臣蔵』などがある。舞台演出も多数。著書に『願わくは、鳩のごとくに』(扶桑社)、『ジョバンニの島』(集英社)。
扶桑社
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