
芽(目)が出る縁起物としておせち料理に欠かせない「くわい」。
中国原産でオモダカ科の水生植物であるくわいは、地中に伸びる茎の先がでんぷんなどを蓄え、「塊茎(かいけい)」と呼ばれる球状になり、食用として利用されます。
平安時代の書物に登場しますが、広く食べられるようになったのは江戸時代。
現在最も栽培されているのは、青くわいです。
色鮮やかな青くわいを求めて生産量日本一のJA福山市を訪ねました。
最盛期の年末に合わせ計画的に収穫
瀬戸内海沿岸のほぼ真ん中にある広島県東部の福山市。10本以上の川が流れる市内で、くわいの栽培が始まったのは1902年のこと。市の中心部から車で30分ほどの住宅地に今でもくわいの水田が点在しています。
「沼地に自生していたものを、福山城周辺の肥沃な堀に移植したのが始まりです。江戸時代は武家がお正月料理として食べていましたが、1955年頃から重箱に詰めたおせち料理が販売されるようになると、くわいをお正月の縁起物として食べる習慣が一般家庭に広がり、生産者も増えました。1967年に『福山くわい出荷組合』を設立して品質管理の徹底や輸送の工夫などを重ね、日本一の産地になりました」と話すのは、JA福山市福山グリーンセンターの井上仁志さん。日照量が多く温暖な気候や、江戸時代に田畑へと整備され、用水路によって水を確保しやすい環境だったことも、くわい栽培に適していたといいます。
「出荷組合では収穫や出荷を年末のおせち最需要期に合わせて、計画的に栽培しています。収穫時に選別した種球は、冷蔵保管して翌年の6月下旬に植えつけ、11月中旬から収穫を始めます」と、井上さん。最も色鮮やかな青藍(せいらん)色になるのは寒暖差が大きくなる11月下旬。この時期のくわいはうま味がのっていておすすめとのこと。
「3月から土づくりを行い、6月に代かきをした後、種球を1個ずつ植えつけます。昔の田植えのように手植えなので大変です」と話すのは、福山くわい出荷組合の岩﨑尚樹副組合長。53歳で早期退職して就農し、20アールの水田でくわいを育てて12年目になります。定植後はすぐに鳥よけネットを張るのがポイント。以前ネットを張らずに種球を植えつけたら、野生の鴨にほとんど食べられてしまうという苦い経験をしたそうです。
「近年は猛暑で水が蒸発してしまうので、生育中は常に5〜6cmの水位を保ちます。干上がると土壌中の菌で病気になることがあるのです」。田んぼに分け入って1本ずつ草取りするなど、こまめな手入れも欠かせません。苦労を乗り越え、良質なくわいができた時には喜びもひとしおと話します。
2回の洗浄で美しい青藍色に
収穫はまず茎葉を刈り取り、次に高圧ポンプで水圧をかけながら株を掘り起こします。水面に浮かんだ地下茎を拾い集め、1個ずつ先端の塊茎だけを収穫します。「泥土の中、芽を傷めないように気を付けながら進めていきます。集めたくわいは水槽に入れて泥を落としますが、すべて冷たい水中での作業なので大変です」と、岩﨑副組合長。


続いて作業場に移動して洗浄と選別をします。選別機で大まかにサイズを分け、洗浄機で泥などの汚れを落とすと、「田んぼのサファイア」と呼ばれる鮮やかな青藍色に。さらに1個ずつ手作業で選り分けていきます。「一番大きい2Lサイズはピンポン玉くらいの大きさです。選別は3人で作業しても深夜近くまでかかりますが、お正月に食べるくわいだからこそ、手間をかけてでも良いものをつくりたいです」と、岩﨑副組合長は品質を追求する楽しみを語ります。1回の収穫は4kg箱で30〜40箱ほど。毎朝6時前の組合の品質検査に間に合うように出荷します。


【右】出荷を待つ箱詰めされたくわい
独特のほろ苦さとほんのりした甘味があり、栗のようなホクホク食感が魅力のくわい。JA福山市では、小粒くわいを丸ごと素揚げしたスナック菓子を販売しています。「くわいは県内の学校給食にも使われています。薄くスライスして揚げたチップスは、苦味がないので子どもたちに人気です。たくさんの人に知ってもらい、もっと手軽に食べてほしいです」と、井上さんは話します。

お正月用だけでなく少し多めに買って、濡れ新聞に包んで密閉袋に入れ、冷蔵庫(野菜室)で管理すれば数ヵ月は保存できます。ぜひ普段の食卓にも取り入れて、ホックリとしたおいしさをお楽しみください。
(2024年11月中旬取材)

●JA福山市
【くわい】生産概要
栽培面積:約9.2ヘクタール
生産者数:31戸
出荷量:約80t(2024年)
主な出荷先:県内、関西、九州、東京、新潟