春キャベツの季節がやってきた。
言うまでもないことだが、キャベツはまことに使いでのある野菜である。サラダでよし、炒めてよし、煮てもおいしい。
まず無駄にすることがないと言っていたのはドイツの友人だ。牛肉や豚肉との煮こみだの、ロールキャベツだの、ありとあらゆる料理に使ったあげく、しまいには酢漬けにするからと。
私の故郷広島でもキャベツを大量に食べる。ソウルフードともいうべき「お好み」(お好み焼きを地元ではこう呼ぶ)の主要食材だからだ。「お好み屋」(お好み焼き屋もこう呼ぶ)で「お好み」を焼いている様子を初めて見た人は、たいてい驚愕する。一枚につき、千切りにしたキャベツをほぼ一玉ほども使うからである。
かつて英国に住んでいたころ、どうしても「お好み」が食べたくなって食材を集めたことがあった。キャベツの他に必要なのは青ネギ、豚肉、卵、イカ天、とろろ昆布、鰹節、中華麺、青のりなど。一九七〇年代のこと、さすがにイカ天は手に入らなかった。幸い乾物は日本から持ちこんでいた。「お好みソース」はウスターソースとケチャップにベリー類を加え味見しいしい煮詰めて作った。
以来、フライパンで完璧(当社比)なお好み焼きを焼き上げられます、というのがささやかな自慢である。とにかくじっくりゆっくり、キャベツの旨味を逃がさないように焼く。(老職人伝授のコツはもう二つあるが、それはまたいつか)
卵焼き用フライパンで焼けば、お弁当箱にぴったりの形にも焼ける。娘に何度か持たせたら本人は嬉しくなかったようだが、珍しさからか、よくお弁当交換を申し入れられたらしい。
お好み焼きはパーフェクトな総合栄養食なのだ、と私は娘を諭した。冗談めかしたので娘は聞き流していたが、事実である。
原爆投下によって壊滅した広島を立て直すため、市民は厳しい生活を強いられた。働きづめの親たちは、子どもたちに栄養のあるものを手軽に食べさせたいと考えた。そうして考案されたのがお好み焼きだと言われているのだ。
そんなわけで広島のどの町にも「お好み屋」がある。のれんの掛かる店で今も昔も変わらず供されるのは、栄養満点、キャベツたっぷりの「お好み」である。
朽木 祥(くつき しょう)
広島市生まれ。被爆二世。主な作品に『かはたれ』(児童文芸新人賞他)『風の靴』(産経児童出版文化賞)『あひるの手紙』(日本児童文学者協会賞)など。『光のうつしえ』(小学館出版文化賞他)は英訳刊行され米国でも2021年のベストブックスに。昨夏の『パンに書かれた言葉』では第二次世界大戦の負の記憶を描いた。