第54回 金平茂紀さん

北海道の牛乳が飲みたい!

 その人がどんな人かは、その人がそれまでの人生で何を食べてきたかでわかる。僕は北海道の旭川市で生まれ、父親の職業の関係で、札幌、小樽、旭川などに移り住み、少年時代を北海道で過ごした。懐かしい思い出は、北海道の食べ物にまつわるものが多い。ジンギスカン(ベルのたれ!)や旭川醤油ラーメン(蜂屋!)、タラバガニやホッケ、飯鮨(いずし)といったソウルフードをご存じない人とは、口もききたくない(と言うのは嘘です)。
 なかでも北海道と言えば何と言っても乳製品だった。◯◯乳業と言えば、道産子なら知らぬ者はいない。バター、チーズ、牛乳、アイスクリーム…。◯◯と伏字にしたのは、本誌が特定企業のPRをしちゃいけないんだろうなと、勝手にソンタクしてそうしたが、ほら、雪の結晶の中に北海道を象徴する北極星を組み合わせたロゴマークの有名なあれです。
 子どもだった食べ盛りの頃、僕らは自宅でも学校給食でも乳製品を当たり前のようにたくさん摂っていた。牛乳も当たり前のようにごくごく飲んだ。その頃から半世紀以上の歳月が過ぎ去っていった。


 北海道でも酪農の中心地のひとつである帯広市に昨年末うかがう機会があった。2022年という年は僕のようなテレビ報道にたずさわる人間にとっては大きな歴史的「分岐点」の年だった。コロナ禍が続く中で、海の向こうウクライナで戦争が始まった。その結果、酪農家の経営環境が激変、八方ふさがりの状況に陥っているのを目のあたりにした。酪農家の中には、手塩にかけて育てた乳牛から搾った生乳を、出荷せずに牧場内で廃棄する動きが出ていた。飼料価格が5割増し、燃料費も高騰、飲用乳の取引価格が低く抑えられ(「ペットボトルの水より安いんだわ」と吐き捨てるように酪農家は言っていた)、やむを得ず、生乳を家畜の排せつ物に混ぜて廃棄していたのだった。
 乳製品に恵まれた食物を摂ってきた身からみて、何か自分たちの生きてきた過去の大切な部分が廃棄されるような思いをいだいたのは、間違った思い込みだろうか。酪農家にも牛たちにも罪はない。江戸時代に「士農工商」との身分概念があったと昔の学校で習った。さしずめ今なら「官商工農・非正規」か。

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イラスト:はやしみこ
金平茂紀

金平茂紀 (かねひら しげのり)

ジャーナリスト。1953年、北海道旭川市生まれ。1977年、TBS入社。以降、同局でモスクワ支局長、ワシントン支局長、報道局長などを歴任。2010年より「報道特集」キャスター。2022年9月以降、同番組の「特任キャスター」に。2004年度、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』など多数。

「じじつは じじつ、ほんとうの ことだよ―ちいさな かなしい じじつの おはなし」
「じじつは じじつ、ほんとうの ことだよ―ちいさな かなしい じじつの おはなし」
イマジネイション・プラス

2023.06更新

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