第68回 中村文則さん

土からイモが

 今でもそうだけど、小さい頃は特にひねくれていた。
 幼稚園児の時、先生達が園のプールに無数のドジョウを放ち「ドジョウ達が逃げました。みんなで捕まえて!」と言った。要はそういう遊びだった。
 園児達は歓声を上げ水に入ったが、でも僕は意味がわからなかった。ドジョウは逃げたのではなく、先生が放ったのだ。なぜそれを自分達が捕まえなければならないのだろう。だから僕はその先生のところに行き「先生がドジョウを逃がしたのを僕は見た。だから先生が一人で捕まえるべきだ」と言った。
 先生は困惑していたように記憶している。プールでドジョウを追う園児達を、僕は醒めた目で眺めていた。愚か者どもめが、と思っていた。
 その後、今度は畑でサツマイモを収穫して食べる、というイベントがあった。事前に園の皆で苗を植えていた。だが僕は再び意味がわからなくなる。サツマイモならスーパーにある。収穫は仕事の感じがあり、なぜ幼稚園児を働かせるのだと。
 だがドジョウのこともあり目をつけられるのが嫌で、不貞腐れながら言われた場所を掘る。でも驚いた。何というか、土からイモが出てきたことに、びっくりしたのだった。知識としては当然知っていた。サツマイモは土の中で生まれる。でも実際に見た僕は衝撃を受けた。土からイモが。神秘としか思えない。
 それを先生達が薄く輪切りにし、天ぷらにする。僕はそれまで、というか恐らく今までも、あんなに美味しいサツマイモを食べたことがない。
 取れたてで新鮮、というのもあっただろうけど、自分が立っている大地から生まれたものを食べる、というか、自分が自然と繋がっている感覚を、僕は漠然と受けたのではないだろうか。その感動が、味にも繋がったのではないだろうか。
 周囲/世界に背を向けていた僕にとって、世界に感動したのは敗北を意味した。「うわ、やられた……」という風に。でも大袈裟ではなく、あの敗北は必要なものだった。
 今の子供達には、こういう経験はあるのだろうか。わからないけど、経験した方がいい。僕のようにひねくれた子供も、きっと揺さぶられる。

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イラスト:はやしみこ
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中村文則(なかむら ふみのり)

2002年『銃』で第34回新潮新人賞を受賞してデビュー。2004年『遮光』で第26回野間文芸新人賞、2005年『土の中の子供』で第133回芥川賞、2010年『掏摸(スリ)』で第4回大江健三郎賞を受賞。2014年にアメリカでDavid L. Goodis賞を受賞。2016年『私の消滅』で第26回ドゥマゴ文学賞を受賞。
著書は『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎)、『教団X』(集英社)、『列』(講談社)など多数。

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『列』講談社

2024.08更新

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