第70回 深沢 潮さん

まぶしい緑に囲まれて

 お茶を飲む時間をいつくしんでいる。
 執筆の合間や、打ち合わせ、日々の食後など、しょっちゅうお茶を飲む。たまに、ホテルのアフタヌーンティーなどに出向いて、ぜいたくな気分を味わうのも、嬉しい。
 旅先のレストランやカフェでご当地のお茶をいただくのも好きだ。昨年は台北で烏龍茶やプーアル茶、ジャスミン茶を堪能した。
 お茶、と一口に言っても、緑茶、ほうじ茶、紅茶、中国茶など、さまざまなものがある。これらはみな、製造方法が違うだけで、原料は同じなのだから驚きだ。
 静岡県藤枝市で、お茶摘みをしたことがある。ゴールデンウィーク中に、まだ幼い子ども二人を連れて、茶畑を有する知人の家を訪ねた。
 茶畑に行ったのは初めてだったので、縁側のすぐ前にお茶の木が植えられていることに驚いた。東京でも緑の少ないところで育った私は、畑や田んぼにもなじみがない。だから、それまで見聞きした田園風景から、畑というのは、家からすこし離れた場所にあると思い込んでいた。しかし実際は、すぐ庭先にあったのだ。家庭菜園ではなく、出荷する作物の畑がこんなに人家の近くにあることが私の目には新鮮にうつった。
 私、幼稚園の年長の息子、年少の娘は、麦わら帽子やサンバイザーをかぶり、腰に籠を結び付け、いっぱしの恰好で、お茶摘みを始めた。
 濃い緑の古い葉の先に、鮮やかな黄緑色の新しい葉が生えている。その新しい葉を摘んでいくのだが、枝がしっかりとしていて、葉も案外硬かった。手で新葉を摘むより、ハサミで切った方が早かった。
 行儀よく整然と植えられたお茶の木の列のあいだに立ち、黙々と作業していく。新しい葉を摘んだあとは、古い葉だけになるので、隣の木と色のコントラストができる。
 年の近い幼児の子育てに、ほぼワンオペレーションで奮闘していたことで、ストレスがかなりたまっていたが、茶畑の中で濃淡の緑に包まれていると、少しずつ心が和らいでいった。なにも考えずに、ひたすらお茶の葉を摘むことが、リハビリになった。子どもたちも楽しそうだった。
 新茶の季節になると、あのお茶摘みのことを懐かしく思い出す。今度、すっかり大人になった子どもたちとお茶を飲みながら、あの日のことを覚えているか聞いてみよう。

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イラスト:はやしみこ
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深沢 潮(ふかざわ うしお)

東京生まれ。会社勤務、日本語講師を経て、小説家となる。主な作品に『縁を結うひと』(新潮文庫)、『海を抱いて月に眠る』(文春文庫)、『翡翠色の海へうたう』(7月25日に角川文庫より発売)などがある。最新作は『李の花は散っても』(朝日新聞出版)。韓国でも翻訳本が出ている。

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『翡翠色の海へうたう』
角川文庫

2024.10更新

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