第2回ドリアン助川さん

『希林さんとの約束』

 トマトの丸焼きに出会ったのはニューヨークだった。今世紀の始まりの頃、私は人生にちょっと迷い、モラトリアムな日々を彼の地で過ごしていたのだ。
 なんなんだ、これは。こんなにうまいものがまだ地球上にあったのか。
 それが、マンハッタンの小さなレストランで初めて真っ赤な丸焼きを食したときの率直な叫びであった。丸焼きといっても、まん丸なトマトではない。楕円形で細長い調理用のイタリアントマトだ。缶詰にもよく使われているサンマルツァーノ種。私はすっかりこのトマトのファンになってしまい、いろいろと調べ始めた。名産地はヴェスヴィオやエトナなど、イタリアの火山の麓なのだそうだ。すなわち火山灰の土地を好むトマトだ。
 となれば、閃いたことがあった。異国の地でも日本のニュースに触れ、大噴火があった三宅島のみなさんのことをひそかに気にしていたのだ。噴火が収まって、人々の帰島が始まったとき、復興の一助としてこの調理用トマトの栽培を始めてみたらどうか。
 それから十余年、事細かな奮闘は割愛させてもらうが、そのアイデアに引っ張られるように私は今、三宅島に家を構え、農家がついに始めてくれた「三宅サンマルツァーノ」の栽培や出荷を応援する立場にいる。一歩踏み出すかどうか迷っていたとき、「思っていることがあるならやった方がいいよ」と後押しをしてくれたのは、私が原作小説を書いた映画『あん』の上映でともにこの島を訪れた樹木希林さんであった。
 当初は疑心暗鬼の農家のご主人だったが、初めて育てた果実の丸焼きを食したとき、「なんなんだ、これは」とかつての私と同じセリフを発した。そしてその驚愕は全国のお客様に広がりつつある。惜しむらくは、希林さんにも一口召し上がっていただきたかったことだ。「なんなのよ、これ」と微笑む希林さんのお顔を、心から拝見したかった。

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イラスト:今井夏子
ドリアン助川

ドリアン助川

1962年東京都生まれ。詩人・作家・道化師。早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業後、放送作家などを経て、1990年「叫ぶ詩人の会」を結成、詩の朗読とパンクロックを組み合わせたパフォーマンスが話題となる。『バカボンのパパと読む老子』『多摩川物語』(ポプラ社)など著書多数。『あん』など著作は海外で翻訳出版され、、『ピンザの島』(ポプラ社)はフランス、ドイツ、台湾で、多くの人に読まれている。

「あん」ポプラ社
現在英国、フランス、ドイツ、ポーランド、レバノンなど13ヵ国で翻訳刊行され、フランスでは2017年に二つの文学賞、DOMITYS文学賞と、「読者が選ぶ文庫本大賞2017」を受賞。写真はフランス版の表紙。

2019.02更新