第3回 野中 柊さん

つやつやと白く、ふっくらと

 我が家の炊飯器は声が大きい。
「ごはんが炊き上がりました。保温をはじめます!」
 任務を遂行すると、高らかに宣言する。はじめてその声を聞いたときには、炊飯器がしゃべるとは、まさか思いも寄らなかったので、驚きのあまり飛び上がりそうになった。
 でも、まあ、彼女──というのは炊飯器のことだ。女性の声だから〈彼女〉と呼んでいる──が誇らしげに声を上げずにいられなくなる気持ちも、わからないではない。なにしろ、すこぶる優秀な炊飯器で、とても美味しくごはんを炊いてくれるのだ。
 ふくよかな匂いのする湯気を上げ、つやつやと白く、ふっくらと。ごはん茶碗によそって、いただきます! 口に入れると、かた過ぎず、やわらか過ぎず、ほんのりと微かに甘い。ほどよい粘りも好ましい。
 すこしばかり高級な銘柄の新米を炊いたなら、味覚の邪魔になるような中途半端な惣菜などいらない。食卓にのせるのは、シンプルなものがいちばんだ。たとえば、水茄子の浅漬け、胡瓜のしば漬け、蕪の千枚漬け、新鮮な鱈子や筋子、辛子明太子、海苔佃煮、鮭の塩焼きなどがあれば、充分。いや、充分という言葉では足りない。至福!
 もちろん、おにぎりも大好物だ。ごはんの粒ひとつひとつを生かす気持ちで、きゅっ、きゅっ、きゅっ、優しい力加減で、掌の中で転がすようにして握る。軽く炙った、ぱりっとした海苔で包んで、すぐさま食べる。美味しい。ほっぺが落ちそう。
 パンも好き、パスタも好き、でも、やっぱり、ごはんでしょう? 日本人だものね、と心から思う。いい働きをしてくれた彼女──くどいようだが、炊飯器のことだ──に対しても感謝の気持ちでいっぱいになる。わたしは米どころ新潟の生まれだから、これほどまでに愛着を感じてしまうのだろうか。
 実家に帰省するたびに電車の窓から目にする、田圃の風景が思い出される。初夏には青々とした早苗、秋には黄金色の稲穂。生命力に満ちた、あの素朴な眺めがいつも心のどこかにあって、懐かしくてならない。

img_s
イラスト:今井夏子
野中 柊

野中 柊(のなか ひいらぎ)

1964年新潟県生まれ。立教大学卒。ニューヨーク州在住中に「ヨモギ・アイス」で海燕新人文学賞を受賞してデビュー。小説『波止場にて』(新潮社)、エッセイ集『きらめくジャンクフード』(文春文庫)、童話「パンダのポンポン」シリーズ既10巻(理論社)など著書多数。

「本屋さんのルビねこ」
理論社

2019.03更新