第5回 森 絵都さん

貸し畑で土いじり

 土に触れたい。40歳を過ぎたあたりからそんな思いが募りはじめた。私の家には庭がない。玄関先にプランターを置くのがせいぜいで、大地と繋がっている実感に乏しい。
 そんな折、友人から貸し畑の話を聞いた。
「初心者でも管理人さんが一から教えてくれて、毎日、畑の世話もしてくれるんだって」
 要するに趣味人の畑ごっこなのだが、気軽に土いじりを楽しみたかった私は興味を引かれて仲間を募り、15人ほどで畑を借りる運びとなった。
 場所は国立。田園風景の広がるのどかな地域にあり、管理人さんはなぜかヤギを飼っている。私たちが借りたのは八畳ほどの区画で、まずは何を植えるか決めてほしいと言われた。借賃が安くないせいか、最初、私たちががつがつと選んだのは「アーティチョーク」「松茸」など金目の野菜ばかりだったが、管理人さんから鼻で笑われ、素人でも育てやすい野菜へ置き換えられていった。
 畝の作り方。農機の扱い方。種の植え方。懇切丁寧に教えてもらい、見よう見まねの畑作りが始まった。最も豊作だったのは種を植えてすぐにむくむくと育つ葉物類だ。からし菜。わさび 菜。パクチー。青々とした野菜が育っているのを見るたび私たちは感動し、均等に分けて家へ持ち帰ってはその鮮やかな味に再び感動した。なすやトマト、とうもろこしなどの夏野菜も大ぶりで立派なものが実った。難しかったのは根菜で、人参やじゃがいもはどうしても大きくならなかった。
 常に収穫があったわけではない。
 皆と畑へ行く約束をしていたある日、私は体調を崩してしまい、夫に一人で行ってもらった。帰ってきた彼はぱんぱんのレジ袋に詰めこんだ草を持っていた。「その雑草みたいなのは何?」と問うと、「雑草だ」という。
「食べられる雑草。今日は何も収穫がなくて、気の毒がった管理人さんが持たせてくれた」
 煮たり炒めたりして食べた雑草は「雑草の味」としか言えない味がした。
 プチ農業体験はたった一年で終わったが、今でもあの土や緑やヤギのことを思い出すたび、心に涼やかな風が吹く。

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イラスト:今井夏子
森 絵都

森 絵都(もり えと)

1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業。1990年『リズム』でデビュー。2006年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。その他作品に『カラフル』『DIVE!!』『みかづき』『出会いなおし』等。

「みかづき」集英社文庫

2019.05更新