第6回 中島京子さん

じゃがいも礼賛

 昔、イラク人の友達に肉じゃがを食べさせたら、「これはイラクのお袋の味そっくり」と言われてびっくりしたことがあった。じゃがいもは世界で愛されている。
 2月に仕事でロンドンに行ったとき、街を歩いていて見つけたのが、1790年創業の老舗パブ。見れば店の名前の横に大きく「パイとマッシュ」と書いてある。マッシュとは、マッシュポテトのことらしい。ビーフシチュー入りのパイの下にマッシュポテトが、座布団のように敷いてある。よく煮込んだお肉や野菜がシチューに溶け込ませたおいしさのエッセンスを、ポテトは瞬時に吸い込んで逃がさない。マッシュポテトは主役を引き立てる。
 名脇役としてのじゃがいもといえば、最近、気に入っているじゃがいも料理がある。浅利と豚肉のポルトガル風蒸し煮というもので、料理名にじゃがいもは入ってすらいないのに、すごく重要な働きをする。少し炒めて焼き色をつけた豚肉に浅利とニンニクとワインを入れて蒸した料理で、トマトを入れるとおいしい。パクチーを刻んで載せて、レモンを絞って食べる。どこにじゃがいもの出番があるのかというと、この料理で格別おいしいのは蒸したときにできるスープなので、このなんとも滋味豊かで旨味の凝縮されたスープを、小さく切って揚げておいたじゃがいもに吸わせるのだ。ただごとではないおいしさである。
 しかし、毎回そんな凝った料理ばかり作っている時間はない。それよりむしろ、買い物に行く時間もなかった。キッチンにはじゃがいもしかない! というときだってある。
 そんなときにすばらしいご飯のお供は、じゃがいもの千切り炒めだ。うちでは出番の多い料理で、文字通り千切りを炒めるだけ。たまにピーマンが入ったりひき肉が入ったりするが、最後にティースプーン一杯の酢が入る。
 じゃがいもさえあれば、我が家の食卓は安泰である。

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イラスト:今井夏子
中島京子

中島京子(なかじまきょうこ)

1964年東京生まれ。作家。2003年に「FUTON」で小説家デビュー。10年「小さいおうち」で直木賞、14年「妻が椎茸だったころ」で泉鏡花文学賞、15年「かたづの!」で河合隼雄物語賞、柴田錬三郎賞、同年「長いお別れ」で中央公論文芸賞受賞。2019年には「長いお別れ」が映画化(5月31日公開)。

「長いお別れ」
「長いお別れ」

2019.06更新