第7回 阿刀田 高さん

田んぼの思い出

 昭和19年の夏、戦禍を避けて東京から新潟県の長岡市へ疎開した。小学4年生。郊外地の学校の周辺には田んぼが広く、遠く、広がっていた。
 農家の男性不足のせいで農地が学校に委ねられ、小学生にも農作業が課せられていた。鍬を持って学校へ行く。農家の子どもは小学生でもりっぱな作業要員である。私はもちろん初体験。否応なしに翌年の秋まで米造りに臨んだ。うまくやれるはずがない。つらく、苦しい作業だった。この年の稲刈りから始めて冬を越し、田おこし、田植え、田の草取り、実った稲をはざに干す。ポプラ並木に縄を網の目に張ったはざは、とても高い。軽い梯子をかけ、上にいる人に下から稲束をまっすぐに投げ上げ、その手もとでうまく止まるようにしなければいけない。初心者にできる技ではなかった。
 ずいぶん苦労をしたけれど、とにかく日本民族の根底とも言える稲作を、はじめからおわりまですべてを体験したことは、やっぱり、
 ――役立ったなあ――
 心の深いところにサムシングを与えてくれた、と一生を通してそう思う。
 米はうまい。秋の田に黄金色に広がって、美しい。イナゴを取り、田んぼの水路にドジョウ筒をすえ、翌朝早く捕りに行くのが楽しかった。
 今では農作業もすっかり変化して、稲作の風景もずいぶんと変わってしまったけれど、去年の秋、新潟県の海辺に面した弥彦山に登って見ると‥‥快晴の空の下に蒲原平野の田んぼが広く、遠く黄金色に輝いていた。
 振りかえると、日本海の群青の平面が広く、遠く伸びている。このコントラストが本当にすばらしい。大自然はいろいろのものを示してくれる。
 そう言えば、星新一さんといっしょに田んぼの広がる一帯を旅したことがあった。
「雀はどうしてもっと増えないのかな」
「結構たくさんいるでしょ」
「いや。食べ物はあるし、外敵は少ない。もっと増えてもいいんじゃないのかな」
「ええ‥‥」
 と戸惑う私にショートショートの名手は、
「セックスが下手なのかな」
 田んぼへの思い出は多く、深い。

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イラスト:今井夏子
阿刀田 高

阿刀田 高(あとうだ たかし)

1935(昭和10)年、東京生れ。早稲田大学文学部卒。国立国会図書館に勤務しながら執筆活動を続け、1978年『冷蔵庫より愛をこめて』でデビュー。1979年「来訪者」で日本推理作家協会賞、短編集『ナポレオン狂』で直木賞、1995(平成7)年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞。他に『ギリシア神話を知っていますか』『源氏物語を知っていますか』『知的創造の作法』『地下水路の夜』『ローマへ行こう』など著書多数。文化功労者。山梨県立図書館元館長。第15代日本ペンクラブ会長。

「老いてこそユーモア」
「老いてこそユーモア」

2019.07更新