第10回 佐々木 譲さん

男の腕の見せどころ

 仕事場が北海道の酪農郷にある。
 人口よりも牛の数のほうが倍くらい多いという農村だ。畑作中心の地方にも隣接していて、おいしさは時間の勝負の「朝もぎ」「朝掘り」の農産物も、お昼には手に入る。
 こんな土地に仕事場を持って、驚いたのは「食べる」文化のありかた。地元のひとたちは、とにかくよくどこかの家に集まって食べるのだが、その家庭宴会では、男たちが料理を作る!
 昭和40年代まで開拓入植があったというので、日本的な農村とはそもそも少し違った風土なのだ。でも、家庭宴会で参加の男たちがみな喜んで料理をすることに、最初面食らった(まるでバスク地方のようだ、と思った)。奥さんたちは居間で談笑、男たちが台所に集まって順番に調理台とコンロを使っては、料理を作って参加の客に振る舞う。
「うちのお父さんは○○が得意なの」という奥さんの声が聞こえる中で、ご亭主は楽しげに包丁を使う。
 最初のころ、そんな場に招待されたのに食べるだけのつもりで出向いて、とても恥ずかしい思いをした。招待があったなら、自分が作る料理の材料と必要な調理道具を持っていくのが礼儀だったのだ。わたしが知り合ったひとたちがそうである、というだけかもしれないが、かなり文化的衝撃だった。
 そもそも都会とは違って、外食するには店のある町中心部までの距離がありすぎるし、使える店の数も限られる。だったら近くの家に集まって、自分たちで作って食べるほうが便利だし、ずっと楽しい。都会と違いスーパーマーケットも大きくて、食品が大きな単位で都会よりもずいぶん安く買える。北海道だから海産物も豊富だ。
 というわけで、この土地に仕事場を持ったおかげで、わたしはずいぶん贅沢な、日本離れした、と言っていいような食生活を楽しむようになった。料理の腕も上がったと、ひそかに自負している。

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イラスト:今井夏子
佐々木 譲

佐々木 譲(ささき じょう)

小説家、1950年、北海道生れ。北海道を拠点に作家活動を続ける。歴史小説ほか、ミステリー、ノンフィクションなど幅広いジャンルに著作がある。日本ペンクラブ、日本推理作家協会会員。東京農業大学客員教授。

「真夏の雷管」 角川春樹事務所
「真夏の雷管」
角川春樹事務所

2019.10更新