第11回 小池真理子さん

生命の連鎖

 娘は母親に似る、と言われるが、最も似通ってくるのは食の習慣かもしれない。
 私の母は、「オンナが食事を作る」のが当たり前だった時代に生まれ、死ぬまで私たち子どもや父に食事を作り続ける人生を送った。最晩年、老いて認知症がひどくなり施設に移る直前まで、私が実家を訪ねるたびに母は変わらず台所に立ち、何かしら料理を作ろうとしてくれた。今から思うとそれが最後になったのだが、食卓に母が運んできた味噌汁が闇鍋さながらだったことがあった。ぐつぐつと沸騰した大きな味噌碗の中に何が入っているのかわからず、強烈な不安にかられながらも、私は黙って余さず食べた。
 目の前に娘や夫、客人がいれば、本能的に身体が動き、台所で調理を始めてしまう。そんな人生を長く続けてきた母が、人生の最終章に至りながら娘に作ってくれたものを、どうして食べずにいられただろう。
 一方、娘の私は、フェミニズムの時代を生きた。オンナだからといって毎日食事を作る必要はない、料理なんぞに時間を奪われず、オンナたちよ、自立せよ、自分自身を磨け、もっと美しくなれ……の時代だった。
 そうだ、そうだ、その通り、異議なし、などと叫んでいたものだが、どういうわけか、私は今も毎日、もくもくと料理を作り続けている。5日分の献立をたて、スーパーに食材を買いに行く。仕事や旅行で留守にしたり、編集者が訪ねて来て外食する時以外は、休んだことがない。
 夫も私も60代半ばを超え、食習慣が寿命を決める、ということが怖いほどわかっている。そのため、ここのところ主食は基本的に有機玄米。野菜と旬のものを中心にした栄養バランスのいい献立。不自然なダイエットはせず、新鮮で安全な食材をまんべんなく、時間をかけないシンプルな調理でおいしく食している。
 私の作るものは、昭和のあの旧き佳き時代に、母が毎日作ってくれた素朴な家庭料理と変わらない。気がつけば、私は母のまねをしながら食事を作り続けているわけで、こうなるともう、フェミニズムもへったくれもなく、ただ、ただ、生命の連鎖の不思議を感じるばかりである。

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イラスト:今井夏子
小池真理子

小池 真理子(こいけ まりこ)

作家。1952年生れ、東京都出身。『恋』で直木賞受賞。ミステリー、恋愛小説、エッセイと、短編の名手として多方面で活躍し、柴田錬三郎賞、芸術選奨、吉川英治文学賞等を受賞。

「真夏の雷管」 角川春樹事務所
「死の島」
文藝春秋

2019.11更新