第14回 荻原浩さん

素人菜園のひそかな愉悦

 自宅の庭で野菜を育てている。
 今年の夏は、キュウリ、ナス、トマト、スイカ、メロン、ゴーヤ、トウモロコシ。日当たりがてきめん悪くなる冬場のいまは、ソラマメしか植えていないが、春になる前にダイコンの種を蒔きたいと思っている。
 庭と言ったって街中のいたって狭い場所だ。育てるのはどれも数株ずつ。足りないスペースは特大のプランターで補ったり、スイカやメロンは支柱を立てて空中で実らせたり。連作障害のことも考えなくちゃならないから、地面のやりくりが大変だ。
 野菜は花と違って実利があるのが嬉しい。見てるだけじゃなくて食べられる。我ながらいじましいと思うが、おトク感がある。日々、少しずつ野菜が育っていくのを見ると、日々、少しずつトクをしている気分になる。
 収穫期には、スーパーに並んでいる買いもしない野菜の値段をチェックする。ゴーヤは180円か。うちはこれをタダで食べているのだな、ぐふふ。などとほくそ笑むのが目的だ。キュウリ3本100円! なんて値札を見た日には、安すぎないかと憤って、ニッポンの農政のあり方にまで思いを馳せる。まあ、言ってみれば、農業のまねごとだ。
 それが高じてというわけでもないのだが、数年前、農業をテーマにした小説を書いた。農業を営んでいる親戚や知り合いのツテを頼って、あちこちの農家に取材をさせてもらって改めて思った。自分がやっているのは、本当にまねごとだと。
 プロのやっていることは、スケールが違う。収穫の単位は何個じゃなくて、トン。トンですよ。2トントラックのトン。
 そして素人と違って、細かいことにはこだわらない。意外とおおざっぱ。
 たとえば、トマト。素人は、やれ極力水をやるな、やれ肥料も最小限にしろ、なんて話を聞き込むと、必要以上に忠実に実行して、株をひょろひょろにしてしまう。やけに皮の硬い実ばかりになる。
 ある時、親戚の農家のスズキさんにそのことを尋ねたら、あっさりこう言われた。
「ああ、トマトは水をやれば、みずみずしくなる。水をやらなければ、ぎゅっと締まったのができるんだよお」
 長嶋茂雄監督の談話みたいだ。
 聞かなかったことにした。しなくてもいい、よけいなことをするのが素人菜園の愉しみなのだから。

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イラスト:今井夏子
荻原 浩

荻原 浩(おぎわら ひろし)

1956年、埼玉県生れ。成城大学経済学部卒。1997年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞、2016年『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞。『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』『金魚姫』『ギブ・ミー・ア・チャンス』など著書多数。

「ストロベリーライフ」
「ストロベリーライフ」毎日文庫

2020.02更新