第15回 浅田次郎さん

お米、大好き!

 お米が好きである。
 かつて何度か、「最後の晩餐に何を食べたいか」もしくは「無人島に何か一品の食品を持って行けるとしたら」、などという類(たぐ)いのインタビューを受けたことがあるが、私の回答はいつでも「お米」であった。食材ではなく調理品と訊ねられれば、これも迷うことなく「塩握り」である。
 日本人ならば答えはみな同じだろうと思うのだが、こうした愚問が罷り通るのだから、どうやらそうでもないらしい。むしろ近ごろでは、お米が毒のように喧伝され、ダイエットの大敵とみなされている。
 医学的な理屈はわからぬでもない。しかし二千年もお米で命を繋いできた日本人の口で、よくもそんなことが言えるものだと思う。お米をたらふく食べて血糖値が上がろうが、でっぷりと肥えようが、しょせんおのれひとりの命と体ではないか。命惜しさと見てくれのために父祖の営々と築いてきた日本人の食文化を否定するなど、私にはどうしてもできない。よって周囲に何と言われようが、いっさい聞く耳持たずに、三度三度の食事には、てんこ盛りの米の飯を頂戴している。むろん子供の時分に躾けられた通り、「いただきます」「ごちそうさまでした」と声を出して、感謝することも忘れない。
 ふと思うに、お米が毒だの敵(かたき)だのと言われ始めてこのかた、世の中にはバカが多くなったような気がする。いや、気のせいではあるまい。日本人の顔に知性が感じられなくなった。哲学は普遍の「やさしさ」に姿を変え、議論は闘争の一部とみなされて避けられ、文学はゲームと不毛のおしゃべりに時間を奪われ居場所をなくした。そうした社会が出現した原因には、大脳で多くを消費する糖質の不足が挙げられるのではなかろうか。
 すなわち、愚かしくも命惜しさと見てくれのためにお米をないがしろにした結果、日本人は知的飢餓に陥ったと思えるのである。
 かく言う私もこのごろ、頓(とみ)に血糖値が上がり腹も出た。しかしスリムなバカよりもクレバーなデブのほうがずっとよい。

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イラスト:今井夏子
浅田 次郎

浅田 次郎(あさだ じろう)

作家。1951年、東京生まれ。『鉄道員(ぽっぽや)』(直木賞)、『壬生義士伝』(柴田錬三郎賞)、『お腹召しませ』(中央公論文芸賞・司馬遼太郎賞)、『中原の虹』(吉川英治文学賞)、『終わらざる夏』(毎日出版文化賞)、『帰郷』(大佛次郎賞)など、多彩な作風で多くの読者を魅了し続けている。2015年、紫綬褒章受章。2019年、菊池寛賞受賞。最新刊は『大名倒産』。

「大名倒産」上・下   文藝春秋「大名倒産」上・下   文藝春秋
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2020.03更新