第18回 里中満智子さん

ネギの思い出

 私の父は料亭のあととり息子として育ち、調理師をしていた。母は料理が苦手で自称「虚弱体質」で夕方が近づく頃には頭痛がひどくなり、夕食の支度などとてもできないーと言い、私が小学校から帰宅すると横になっていることが多かった。
「お母さんは体が弱いから、お前が代わりに夕食の支度をしなさい」と父は小学生の私に料理のノウハウを教えてくれた。子供は期待されるとはりきる。そういうわけで私は小学生の頃からごく自然に調理に馴染んでいった。
 高校2年生でプロの漫画家として仕事を始め、3年生の4月に仕事一本の道を選び上京した。自分好みの味に特化したものを作れる喜びすら感じていた。しかし…
 近所の市場へ行き食材を買おうとして戸惑ったことがいくつかある。売られているモノの顔ぶれが大阪とは違うのだ。物流が今ほどスムーズでない時代、「近くでとれたモノ」が主たる商品だったのだ。
 魚屋には太刀魚は無く、鯛は高級魚扱いで、そのかわり「生のニシン」や大阪では見たことのない「ハタハタ」などが並んでいた。魚はその姿で見分けがつくのでまだ混乱が少ない。私が一番混乱したのは八百屋に並べられている「ネギ」だった。
 大阪でよく食べていたネギは直径1センチくらいでしなやかに長く、白い部分は根元の2センチくらい、長く伸びた緑色の柔らかい部分を食すモノだった。ところが私の目の前にあるネギたちは大阪のそれよりもやや重く太く、白い部分が多いものばかり…。
 仕方ないのでなるべく緑の部分が多いものを買って帰り、ざく切りにして豚肉とともに炒めた。調理中から嫌な予感はしていたが、やはり「固い、まずい、なんてひどいネギなんだ」とがっかりした。しかし「もしや」と思い、捨てるつもりでいた白い部分を試しに炒めてみたら…こっちの方が美味しいではないか!「ネギの種類が違うんだ…」と気づくまで回り道をしてしまった。
 今どきのマーケットにはいろんな種類のネギが並んでいる。ネギだけではなくトマト、芋類、青菜類、品種別や産地別どころかかなりの品が生産者まで表示して並べられている。ご丁寧にレシピまで付いていたりする。これなら昔の私のような勘違いは避けられるだろう。ちゃんと読めば、ね。

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イラスト:今井夏子
里中満智子

里中 満智子(さとなか まちこ)

マンガ家。高校2年生時「ピアの肖像」で第1回講談社新人漫画賞受賞。代表作「あした輝く」「アリエスの乙女たち」「あすなろ坂」「天上の虹」他。(公社)日本漫画家協会理事長、(一社)マンガジャパン代表、大阪芸術大学キャラクター造形学科教授等。

「かたづの!」 集英社
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2020.06更新

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