「北海道出身です」と言うと、10人中7人くらいに「おいしいものがたくさんあっていいですね」と言われる。
実のところ、北海道在住の頃に、そんなにおいしいものを食べていた記憶がない。人々が「おいしいもの」と言うとき、おそらくウニだのイクラだのホタテだのといった海産物を思い描いているのだろうが、私は山の中や平野のど真ん中で育ったので、新鮮な海産物を食べた記憶などほとんどない。
でも、ジャガイモとか、トウモロコシはおいしいですよね、とも言われる。
実のところ、ジャガイモにもトウモロコシにもうんざりしていた。子供の頃に食べ過ぎたのだ。おやつ代わりにゆでたジャガイモを与えられた。夏になればトウモロコシだ。ちなみに道産子はトウキビと呼ぶ。
ジンギスカンはどうですか、と言われる。我々の時代のジンギスカンというのは、ラムではなくマトンだ。当然臭いもきつく、残念ながら、子供の頃は好きではなかった。
ところが最近、昔食べていたもののことを思い出すことが多くなった。若い頃は見向きもしなかったジャガイモのことを、ふとなつかしく思ったりする。東京に出て来てから進んで食べようとは思わなかったトウキビに思わず手が伸びる。
そして、しみじみと思うのだ。ああ、やはり私は、きっとおいしいものを食べていたのだろうな、と。
祖母は畑作りが好きで、子供の頃住んでいた家の裏手にあった山で、野菜などを育てていた。トウキビも作っていたはずだ。
トウキビは収穫してからゆでるまでの時間が勝負だと言われている。とってすぐにゆでればそれだけ甘みが保たれる。
子供の頃は、もぎたてゆでたてのトウキビを食べていたのだ。うまくないはずがない。
ジンギスカンも今では、臭いがきついほどうまいと感じるようになった。
年を取ったということなのかもしれない。新しい食べ物に挑戦するよりも、なつかしいものを食べたいと思うようになった。
それにしても、なぜ祖母があんな畑を持っていたのか不思議だ。父は公務員で、当時、我々は公宅に住んでいたのだ。畑にするような土地を所有していたはずがない。おそらく無断で使っていたのではないか。なにせ北海道だから空き地はいくらでもあった。おおらかな時代だった。


今野 敏(こんの びん)
1955年北海道生まれ。上智大学在学中の1978年にデビュー。レコード会社勤務を経て執筆活動に入り、ミステリーから警察、伝奇、格闘小説まで幅広く活躍。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、2008年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。

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