青森の新聞で連載したことがきっかけになり、りんごを追いかけるようになった。りんごの栽培をしている県は心の中でひそかに「りんご県」と呼び、きっかけを狙っては出かけている。
りんごは今では一年中スーパーマーケットにあるし、日本の貯蔵技術は海外の人たちを「ジャパン・クオリティ」と、驚かせるほど。だがそんな便利さと引き換えに、私たちの中からりんごの旬への意識が乏しくなって久しいようにも思う。
りんごは品種によっても、生産地によっても少しずつ収穫期がズレる。私もなんとか百種近くのりんごを食べたはずで、『ききりんご紀行』という本まで出したのだが、本当は私の実力では、ききりんごできる品種は限られている。
中でも9月初旬。
9月のりんご問題と、これもひそかに呼んでいるが、たとえば青森のホテルの朝食会場で、きれいに皮をむいたりんごが切り分けられているとき、まずじっとどこかに皮が残っていないかと眺め、お皿に取り、かじってみて、唸ってしまう。
「あなたは、何りんごですか?」
青森だと9月は、早生種のつがるが考えられるけれど、ふじの酸味を少し感じる。と言うことは、早生系のふじ?いや、まだ出回ってはいないと思うけれどな。恋空などの極早生種ではないのは、わかる、つもり。ということは貯蔵りんごなのか。今年のなのか、去年のなのかもわからない。
つまりききりんご、全然できていないじゃないかとなるわけだが、朝の時間にそうして一人であーでもないこーでもないと実はりんごのことだけを考えている時間が好きだ。
10月からはいよいよ各地で様々な品種の収穫が本格的に始まる。
あなたは、何りんごですか? から始まって、新しい品種に出会うと、お父さんとお母さんは何りんごですか?と問いかけは続く。
たかがりんごでしょう? なんて平気で言う人がいるけれど、りんごを窓口にすると、土や肥料について、そして日本の開国や農業の歴史についても少しずつ知る機会を得る。そして何より多種多様なりんごの味わいにも出会う。
この原稿を書いている今日は、昼食でりんごとフォアグラという素敵な小皿がサーブされた。ハチミツもかかっていた。
この時期に、何りんごだったのかな?
また帰り道にりんごのことだけ考えていた。


谷村 志穂(たにむら しほ)
1962年札幌市生まれ。
北海道大学農学部にて応用動物学を専攻する。『海猫』(新潮文庫)で第10回島清恋愛文学賞を受賞。著書に『黒髪』(講談社文庫)『余命』『尋ね人』『移植医たち』(いずれも新潮文庫)、最新刊に『セバット・ソング』(潮出版)。10月に『りん語録』を集英社より刊行予定。

潮出版