第24回 岳 真也さん

思い出の匠流クッキング

「旬(しゅん)のもの、それも国産品でなけりゃダメなんだよ」
 それがヒッサツ料理人・匠(たくみ)くんの口癖であった。3年前、齢(よわい)30で原因不明の心肺停止に陥り、急逝した次男だが、料理が好きで、暇さえあれば、我が家の調理台に向かっていた。
 もとはといえば、私がNHKのテレビ番組『男の料理』に出演、インド放浪中に習得した本格インドカレーを披露したことにある。当時勤めていた大学の学園祭でも「ガクちゃんカレー」の名で人気を博していたが、折りしも心を病んで高校を辞め、家に引きこもっていた匠くんが、「おれはおやじのタイプとはちがう、純和風のカレーを作る」と言いだした。
 最初は妻から教わっていたようだが、いわゆる「お母さんカレー」で、ニンニクと玉葱、肉を炒め、じゃが芋、ニンジンなどを入れて、ルーで煮込む。変哲もないけれど、これが美味(うま)い。じつは妻も同じなのだが、肉でも野菜でも外国から輸入したものは、一切使わない、純国産で、無農薬に限るのだ。調味料も一緒。少々高くはつくが、それで不味(まず)かろうはずがない。
 さきに「暇さえあれば」と書いたが、とにかく引きこもっているのだから、暇は一杯ある。カレーから始まってチャーハン、パエリア、麻婆豆腐、麻婆茄子、天津丼に唐揚げ……と、何でも国産で作ってしまう。しまいには「おつまみ」作りに凝りだして、きんぴらだの、切り干し大根だの、ヒジキ煮だのを拵えて、酒好きの私に試食させる。
 何しろ素材が良いうえに、たとえばヒジキ煮など、大豆にニンジン、油揚げ、キュウリにアサリと具沢山(ぐだくさん)。近所に狭山市で唯一のボクシングジムがあって、その会長が「多寿満(たじま)」なる老舗のうどん店も経営している。そこへ、この煮物を持っていったら、会長兼店主が絶賛。まもなく駅前に「立ち飲み屋」を出すから、「その店を匠くんに任せよう」と言って、誘ってまでくれた。「とても料理のプロにはなれない」と笑ってはいた。が、匠くん、満更でもなかったようだ。
 その機会はついえたが、あるいは今頃は天国で、国産品?専門の「匠流クッキング」のお店でも出しているかもしれない。

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イラスト:今井夏子
岳 真也

岳 真也(がく しんや)

1947年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、同大学院社会学研究科修了。2012年、第1回歴史時代作家クラブ賞実績功労賞を受賞。著書約160冊。代表作に『水の旅立ち』(文藝春秋)『福沢諭吉』(作品社)等がある。1998年刊の『吉良の言い分 真説元禄忠臣蔵』(KSS出版、小学館文庫)はベストセラーとなった。近著に『行基 菩薩とよばれた僧』(角川書店)、『織田有楽斎 利休を超える戦国の茶人』(大法輪閣)。最新刊の『翔wing spread』(牧野出版)は若くして逝った愛息を描く。

「翔wing spread」牧野出版
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2020.12更新

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