第30回 山本一力さん

おれもまだ、達者だなあ……

 取材などで訪れる町々。
 方角も地形も問わず、どこの町村にも旅人を喜ばせてくれる秘宝が埋もれている。
 大地に根づいた青物・果実という秘宝だ。
 わたしは何代にもわたり、糖尿病を引き継いできた家系である。結果、五十路を過ぎたら、血糖値の上昇が顕著になった。
 専門医の治療も受け始めたのだが。
 土佐出身だが、まったくの下戸だ。代わりに、甘いものには目がない。
 治療薬の効き目を、甘味の間食がぶち壊す日々が続いていたとき。
「グリーンスムージーが効果的らしいから」
 旬の青物と果実をミキサーにかけた、Gスムージー(どろりとした濃緑色ジュース)の飲用を毎朝、始めた。
 新鮮な青物と果実の効用だろう。血糖値も順調に落ち着いて、いまに至っている。
 コロナ災禍の蔓延までは、毎月、1~2週間程度の取材・講演旅を続けていた。
 旅続きで直面したのが、朝のGスムージーをいかに続けるか、だった。
「ミキサーなどを持参で、青物と果実は現地で調達しましょう」
 カミさんの発案で、旅の形が変わった。
 旅先でも原稿を書くため、デスクが大きく照明の明るい、ビジネスホテル投宿となった。ミキサーなど調理器具も持参である。
 レンタカー利用時は、事前に街道沿いの市場、道の駅などを検索。立ち寄るのも行程の大事な要素となった。
 買い求めた穫れたて野菜や果実は、翌朝のGスムージーの材料だ。
 ときには到着日の夜、客室でおひたし、サラダ、簡単な野菜の煮物まで。すべてカミさんの、手早い調理のたまものである。
 生まれて14歳まで過ごした高知市には、壮大なる露天市・日曜市がいまもある。
 未明に収穫した野菜・果実の露天だけでも、昭和30年代には500を数えていた。そんな環境で育ったことで、古希を過ぎたいまも青物も果実も大好物だ。
 穫れたてを生で頬張ると、土の香りと青物の美味さとが口の内で、もつれ合う。
 おれもまだ達者だなあと、実感できる。

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イラスト:今井夏子
朝井 まかて

山本 一力(やまもと いちりき)

1948年高知県高知市生まれ。様々な職業を経て1997年「蒼龍」で第77回オール讀物新人賞を受賞。2002年第126回直木賞を受賞。2015年第50回長谷川伸賞を受賞。
最新刊は「湯どうふ牡丹雪」。

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2021.06更新

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