【岐阜県高山市】

匠の技で仕上げる極上の味 飛騨牛

文◎編集部 撮影◎磯野博正

飛騨牛は岐阜県を代表するブランド牛肉です。
その肉質はきめ細やかで柔らかく、美しい霜降りが特長で、芳醇な香りと味わいが楽しめます。
飛騨牛の歴史が始まったのは1988年。ブランド名を統一、規格を定めて肉質を追求し、日本を代表するブランドになりました。
飛騨牛の美味しさを支える生産者、さらに、飛騨から世界へと販売を広げる拠点、飛騨ミート農業協同組合連合会(JA飛騨ミート)を訪ねました。

厳しい条件をクリアして認定

「皆さんに愛される飛騨牛を育てていきたい」と、辻直司会長

 岐阜県は日本のほぼ中央に位置し、世界遺産の白川郷をはじめ、古い町並みや歴史ある温泉など観光資源が豊富で、日本のみならず世界中から観光客が訪れます。その観光客が一番の楽しみに「飛騨牛」を挙げるほど注目されています。
 飛騨牛は、1981年に兵庫県但馬から導入した一頭の種雄牛「安福号」から始まります。その産子が次々と素晴らしい肉質成績を収めたことから、1988年に飛騨牛銘柄推進協議会が設立され、県内統一銘柄の”飛騨牛”が誕生しました。飛騨牛は、同協議会に認定登録された生産者により14ヵ月以上肥育された黒毛和種の肉牛で、肉質等級が3等級以上など、飛騨牛を名乗る条件が決められています。

 飛騨牛が一躍有名になったのは、5年に一度開催される和牛のオリンピック「全国和牛能力共進会」の第8回大会(2002年)で日本一を獲得してから。さらに5年後の第9回大会でも最優秀枝肉賞を受賞して連覇を達成し、全国で名を知られるブランドとなりました。
 岐阜県肉用牛協会や飛騨牛振興プロジェクト推進協議会の会長を務める辻直司さんは、160頭を肥育する飛騨牛生産者です。
「朝、目が覚めて一番に牛舎に来ます。食べ残しがあるか、まず飼槽を見て、一頭一頭健康状態をチェックしてから餌やりをします。清らかな水を飲ませて、たっぷり食べさせ、ストレスなく健康に育てることに力を注いでいます。365日休みなく牛と向き合う仕事ですが、好きなことだから苦労だとは思わない」と、辻会長。結果が良ければ励みにし、悪ければ反省して努力するだけ。そんな日々のチャレンジ精神が飛騨牛をつくりあげます。

一頭一頭健康状態をチェックしながら餌やりをします

「飛騨牛は地元の人に愛されています。だからこそ自信をもって仕事ができる」と、地元の信頼を一番に考える辻会長です。さらに、「最近は脂の質が特に注目されています。食べた時にくどくない、いくらでも食べられるような上質な脂。これを追求したい」とのこと。飛騨牛は岐阜県の誇りといわれ、県内消費が多いそうです。地元の人が自信をもって県外の人に勧められる肉だからこそ、30年で日本を代表するブランドになったのです。

日本から世界へ、宇宙へも

徹底した衛生管理のもと、部分肉に処理加工されます

 農家が丹精こめて仕上げた肉牛はJA飛騨ミート(飛騨食肉センターと飛騨ミート地方卸売市場を運営)の日本トップレベルの衛生基準の食品工場で加工され、食肉として取引されます。
「食卓の安全を守るのが使命だと考え、安全な食肉を提供するためにHACCPシステムを導入し衛生管理を徹底しています。2017年にはGFSI(世界食品安全イニシアチブ)が唯一認めるFSSC22000(食品安全システム認証)を取得し、アメリカ、EU、オーストラリアなど海外14の国と地域の輸出認定施設となり、海外輸出は全体の1割を占めています。世界に認められる飛騨牛を支えているのは、職員40人の地道な清掃活動と使命感です。全員が決められた手順で正しく動くことは難しいことですが、これも飛騨の『匠の技』です」と語るのは、JA飛騨ミート代表理事常務の小林光士さん。
 毎週木曜日には飛騨ミート地方卸売市場が開設され、精肉店などの購買者が枝肉をセリ落としていきます。

毎週木曜日に開催されるセリ

「飛騨の山奥まで東京などから足を運んでくれる購買者もいらっしゃる、それだけ特別な肉であることは嬉しいですね。海外輸出の次は、飛騨牛が宇宙食になってくれることを願います」と、夢を語る小林常務。HACCPはもともとNASAが宇宙飛行士の食の安全を保証するためのシステムだけに、近い将来、飛騨牛が宇宙食となったとしてもなんら不思議ではありません。
 さまざまな可能性を秘めた飛騨牛が、岐阜県から全国区へ、そして世界へ、さらに宇宙へと期待は高まるばかりです。

●飛騨ミート農業協同組合連合会
(JA飛騨ミート)
【飛騨牛】生産概要
協議会登録農家:260戸
取扱い頭数:約6000頭(2018年実績)
主な出荷先:岐阜県内、海外

「飛騨牛を宇宙食に!」と夢を力強く語ってくれたJA飛騨ミート代表理事常務の小林光士さん

2019.06更新