第38回 原田マハさん

お弁当の魔法

 ここのところ、コロナ禍でリモートワークが進んだこともあり、都市圏を離れて地方に移住する人が増えているという。また、完全に移住するのではなく、都市部と地方の二箇所に生活の拠点を持って往来する「二拠点居住」なるものが脚光を浴びているらしい。ウィークデーは勤務先のある都市部で生活し、週末や休暇中には地方の拠点でリフレッシュする。空気も水もおいしく、新鮮な食材を地産地消する。こんなぜいたくなことってほかにあるだろうか。
 私は8年前から「二拠点居住」を実践している。東京に拠点を残しつつ、長野県・蓼科の森の中に書斎を構えた。都心から特急で2時間あまり、週に一度ほど往来する生活を続けられるだろうかと、当初は不安がなくもなかったが、始めてみるとこれが実にいい。片道2時間の移動は何もせずにぼうっと車窓の風景を眺め、頭を休めることにしている。都心部から乗るときにはこれが楽しみと駅弁を買って、出発後しばらくしてから包みを解く。逆に蓼科から都心部へ出るとき、それが昼をまたぐ時間帯には、夫の手作り弁当を開く。その瞬間のワクワク感といったら!まるで小学生に戻った気分である。
 お弁当はなんということのない内容だ。小さなハンバーグや卵焼きに加え、地元の農家直売のブロッコリーやアスパラ、キノコなどが彩りを添える。格別なのはご飯のおいしさだ。いつも思うのだが、どうしてご飯ってお弁当箱に詰められると、炊きたてほかほかのときとはまた違ったおいしさを醸し出すのだろうか。おにぎりも然り。車窓に移りゆく四季折々の風景を眺めながら食すお弁当の素晴らしさよ!サンドイッチもホットドックも、そりゃあおいしいけれど、やっぱりお弁当のパワーは格別だ。お弁当を作ってくれる夫を通り越してお米の作り手の方々に感謝したい気持ちになる。
 さて、お腹が満ちたらひと眠り。気づけば降車駅はもうすぐだ。移動の時間も含めて、二拠点居住を謳歌する日々である。

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イラスト:今井夏子
角田光代

原田マハ(はらだまは)

1962 年東京都生まれ。商社、森ビル森美術館設立準備室勤務などを経て、2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞。12年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞、17年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。

「リボルバー」幻冬舎
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2022.02更新

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