第39回 松本幸四郎さん

つれづれなるままに感動

「日本はなんて贅沢な国なんだろう」と心が躍動することが度々あります。僕は決してグルメではないですが、「米好き」、「魚好き」という点では日本で1、2を争える自信があります。いや、勝ち負けではないですね……。
 お寿司屋さんに行った時、一度にこれだけの種類の魚を食べることができる文化って、すごいと感動しました。初めてお寿司屋さんに行った時のことではないのですが、突然、感動が爆発しました。僕は肉好きでもありますが、さすがに牛と鶏と豚と馬と羊を一度に食べることはできません。しかし、お寿司屋さんでは、鮪、鯛、平目、コハダ、イカ、アナゴ……、一口サイズであらゆる魚を一度に食べられます。しかも生で。さらに味の違いで季節を実感する。これ以上の贅沢な食べ方をする国って日本以外にないのではないかと興奮し、当たり前のように食べていた日本の食に尊敬を抱いた時でもありました。
 お米は全世界で食べられてはいますが、白米に味付けをせずに食べる国は日本がダントツだと聞いたことがあります。素材そのものを愛おしむ歴史がある日本。これは僕が生業としている歌舞伎にも通じるものを感じます。四季折々の変化を感情に乗せて描かれる演目。原色をふんだんに使った豪華絢爛な衣裳。お化粧で使う艶やかな紅。紅の色は演じる役によって違うので、欲しい色の水干絵具を購入し油と混ぜて作ります。若者には明るい色、色気を表すには深い色、必要な紅そのものの色を使用することによって舞台で鮮やかに輝くのです。
「食」は文化として進化し続けています。どこにいてもすぐに手に入る。いつでも食べることができる。満腹を感じさせてくれる。便利、効率が良い。これは人が、そして僕自身も必要としているものですが、如何なる時代でも不変に生き続けている素材そのものを楽しむ心、敬う念を忘れずにいたいと思っています。この思いが歴史を紡いでいくことになる気がしています。

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イラスト:今井夏子
松本幸四郎

松本幸四郎(まつもとこうしろう)

1973年生まれ。父は松本白鸚。1979年、三代目松本金太郎を名乗り初舞台。1981年、七代目市川染五郎を襲名。2018 年、十代目松本幸四郎を襲名。歌舞伎以外にも現代劇、テレビ、映画に多数出演。日本舞踊松本流家元でもある。

エッセイ「幸四郎の千夜一夜」を雑誌『演劇界』に連載。
エッセイ「幸四郎の千夜一夜」を雑誌『演劇界』に連載。

2022.03更新

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