第41回 水野 良さん

異世界の風景

 ライトノベルと称されるジャンルで三十年余りファンタジー小説を主に執筆してきた。架空の異世界を舞台に物語を展開させるわけだが、設定の元となるのは中世ヨーロッパの文化であることが多い。日本人にはまったく馴染みのない風景や日常を文章にしなければならないのだ。当然ながら関連する資料はいろいろ調べたし、映像作品もできるかぎりは見た。だが、どうにもピンとこない。食については言及が少なく特に困った。私は池波正太郎先生の時代小説が大好きで、登場人物が実に美味しそうに料理を食する描写に憧れていたので拘りたいところでもあったのだ。架空の異世界を描いているのだから、事実と異なっていようと本質的には問題ない。ただ、リアリティがなければ読者には伝わらないし、どうしたものかとずいぶん悩んだものだ。
 結局のところ自分の体験をアレンジして書くことにした。私が生まれたのは大阪市の市街地だったが、物心ついたときには京都府宇治市の当時は自然豊かな場所に移っていたので、その風景や日常を中世ヨーロッパ風に脳内変換するのはさほど難しくなかったのだ。
 私の子供時代は、貧しくはあったが今から思えば贅沢な環境でもあった。家の周囲には竹林があり、甘柿の大木があり、枇杷、山椒の木があり、栗と梅の林があり、茶畑すらあった。山に入ると雉が鳴き、広場には野兎が走っていた。母が煮てくれた筍は大好物だった。祖母はお茶の新芽だけを摘み、手揉みで煎ったものをよく淹れてくれた。季節になると山菜がそこら中に芽吹くので、祖父と一緒に採集に出かけるのが例年の楽しみだった。今でいうところのスローライフが私の子供時代だった。その体験から発想を飛ばし、架空の異世界を描いていったのだ。
 現在の私は神戸市の市街地に住み、仕事の都合でよく上京もする。自然に触れる機会はめっきり少なくなった。だが、私の原風景はやはり子供時代にある。食通を気取るつもりはないが、食べることも呑むことも好きなので外食する機会は多い。日本酒を味わいながら山菜の天麩羅や筍の煮物に箸をつけるたび、どうしようもなくあの頃に思いが馳せるのだ。

img_s
イラスト:今井夏子
松本幸四郎

水野 良(みずのりょう)

1963年大阪府生まれ。立命館大学卒業。大学在籍中よりゲームデザイナーとして活動を開始。卒業後、ゲームデザイナー集団『グループSNE』の設立に参加する(現在は独立)。
1988年に『ロードス島戦記』で小説デビュー。現在はライトノベル作家として活動中。

「ロードス島戦記 誓約の宝冠」角川スニーカー文庫
(C)水野良・グループSNE・左/KADOKAWA
「ロードス島戦記 誓約の宝冠」
角川スニーカー文庫

2022.05更新

閲覧数ランキング