第46回 さくまゆみこさん

山の中で野菜を育てる

 コロナ禍をきっかけに東京を離れることになった。もともと今の本職の翻訳はどこにいてもできるのだが、責任者を務める団体の会議も時折頼まれる講演も、すべてオンラインとなった。おまけに家族の事情もあり、これまでは名前さえ知らなかった木曽山中の村にやってきたのだ。
 今私が暮らしているのは、空き家バンクで探した小さな古い家。水回りや床や建具などを修理して住んでいる。すばらしいのは、家の前に広い畑があってそこが借りられるということ。私も子どもが小さかったときは、東京でも一坪農園などを借りたことはあったが、ここは、そんなのとは違う本格的な畑だ。しかも貸してくれるのが齢90にしてしゃっきりと朝から晩まで働いているおじいさん。この方は畑の師匠でもあり、土作りから肥料の入れ方、苗の購入先、植え方など、すべて指導をしてくださる。
 今畑に植わっているのは、じゃがいも、さつまいも、トマト、ミニトマト、ゴーヤ、きゅうり、なす、ピーマン、ブロッコリー、枝豆などなど。
 家のすぐ裏手は山で、そこにはサルたちが暮らしている。なので、「トウモロコシはだめだ」と言われた。トウモロコシはサルの大好物で、実るのをちゃんと見ていて持っていってしまうとのこと。トウモロコシを抱えて走っているサルを私も見たことがある。すぐそこにいろいろな生き物がいるのが木曽で、楽しくもびっくりしながらの毎日を送っている。
 大変なのは草取りだ。雨が降ると雑草はぐんぐん伸びてあたりをおおってしまう。仕事が忙しくてほったらかしにしていると、いつのまにか野菜に雑草がおおいかぶさっている。殺虫剤も農薬も使わないので、鎌で刈っているとヘビやカエルや様々な虫に遭遇する。師匠のおじいさんから貸していただいた草刈機でもグイーンとやる。力も根気もいる。
 野菜づくりはおもしろいけど大変だ。ということがだんだんにわかってきて、店に行くとまったく異なる感想を持つようになった。「えっ、なんでナスやトマトがこんなに安いの?」と。東京にいるときは、ちょっと野菜が値上がりすると「えっ、なんでこんなに高いの!」と腹を立てていたのに。

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イラスト:今井夏子
さくまゆみこ

さくまゆみこ

編集者、教授職を経て現在は児童書の翻訳家、JBBY(日本国際児童図書評議会)会長、アフリカ子どもの本プロジェクト代表。著書に『エンザロ村のかまど』など。訳書は『シャーロットのおくりもの』『おとうさんのちず』「クロニクル千古の闇」シリーズなど約250点。

「子どもの本で平和をつくる―イエラ・レップマンの目ざしたこと」
「子どもの本で平和をつくる―イエラ・レップマンの目ざしたこと」
小学館

2022.10更新

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