第61回 鏡リュウジさん

『九条葱の郷愁』

 京都生まれの京都育ち、実家の着付け学校も京都という僕。京都セントリズムが僕の中にはずっとある。何かというと「京都やし」とイヤラしくも口にしてしまうのだが、冷静に振り返ると僕の「京都人」資格は怪しい。大学進学時からずっと東京、東京生活の方がはるかに長い。キョートキョートと口にする僕に、友人たちは内心、呆れているはずだ。
 ただ、三つ子の魂、いや、三つ子の胃袋百まで、というのはある。幼い頃からの味の刷り込みは50も半ばを過ぎた今でもどうしようもない。例えば京都のすき焼き。関東風の、割り下たっぷりの「鍋物」のすき焼きは受け付けない。何年か前、京都ですき焼き屋に行ったとき、店員さんが関東風のすき焼きにしてくださったことがある。どどっと入る割り下を目の当たりにした、姪っ子たちの反応が絶妙だった。当時、彼女たちはまだ中学生で関東風すき焼きを見たことがない。しかも姪は一卵性双子。全く同じ顔をした二人の少女が全く同じように口をあんぐりあけて「何すんの?」涙目になっている。漫画である。わかる、わかるで、その気持ち…と笑いをこらえるのに必死だった。
 すき焼きと言えば京都では肉と並んで主役となるのは九条葱だ。何でも手に入る東京でも、この九条葱だけは京都でないとなぜかだめだ。確かに東京のスーパーでも九条葱は売られている。京都府産とも記載されている。だが、なぜか物足りないのが多い。子どもの頃親しんだ九条葱は手でもつとすっくと自立する。が、東京のはその強さがない。それはそれで柔らかくて美味しいのだが、「思てたんとちゃう」のである。妹に写真ととともに東京の葱事情を話すと「ああ、そらたぶん五条葱くらいやな」とイケズなことを言う。
 だが…この前、東京の居酒屋でこれは!と思う立派な青葱と出会った。自信たっぷりに「これ九条葱でしょ?」と聞いたら、「広島のです」と言われてシュン。広島にも古くから良い青葱があるのだそうだ。九条葱にかろうじて支えられていた京都人アイデンティティがますます崩れてゆく今日この頃であるが、それでも、「九条葱」を渇望する京の胃袋は今なお、腹の中でうずくのだ。

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イラスト:はやしみこ
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鏡リュウジ(かがみ りゅうじ)

心理占星術研究家、翻訳家。英国占星術協会会員、東京アストロロジー・スクール代表講師。京都文教大学、平安女学院大学客員教授。
主な著書に『占星術の文化誌』(原書房)、『タロットの秘密』(講談社現代新書)、責任編集『ユリイカ2021年12月臨時増刊号 総特集=タロットの世界』(青土社)、訳書にジェイムズ・ヒルマン著『魂のコード』(朝日新聞出版)他多数。

<公式HP>
https://kagamiryuji.jp/

「占星術の文化誌」原書房
「占星術の文化誌」原書房

2024.01更新

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