第65回 柏葉幸子さん

きりせんしょ

 岩手県の花巻市で育ち盛岡市で暮らしている。
 盛岡は「しとねもの」と称するだんご類の店が各町内に一軒はある。女たちはひいきの店のだんごやあんこ玉、お茶餅(五平餅のような感じ)、スアマ(ういろうのような感じ)をおやつに手土産にと買い求める。
 私にも気に入りの店がある。そこでたいていの欲求は満たされるのだが、花巻の実家でひな祭りに供えていた「きりせんしょ」(と家では呼んでいる)のようなものが、どこの店にもみつからない。
 餅菓子なのだが粉をあずきで練る。どうしても食べたくて、作るぞ! と決心したのが十五年も前だろうか。実家の母にひな祭りの時期に盛岡に来てもらって特訓をうけた。
「あずぎも煮れねってか!」
あずきも煮れないのか。
「餅粉はこのくれ、うる粉はこのくれ」
餅粉はこれぐらい、米粉はこれぐらい。
「見でればでぎるでば」
見ていればつくれる。
「あっつくても練らねばね」
熱くても練らなければいけない。
と叱咤激励され、練りあがった種を私のひいおばあちゃんが使っていた木の菓子型で成形する。菓子型の裏に、
「カスワバミヤモヂ」柏葉みや持ち。
と彫ってある。ひいおばあちゃんの名前を菓子型で知った。
 成形したものを蒸し器で蒸す。あずき味は椿の花、たまに時間の余裕があると作る醤油味は菊の花と形は決まっている。
 一年に一回、レシピもなく目分量、うまくいかないと母とけんかしながらだ。それでも十年たって、なんとか、よし! というものになった。
 その間に粉類はやはり花巻市の粉屋さんから、いっしょに入れるクルミは久慈市山形町の産直からとこだわりもできた。
 我が家の雛飾りは娘が成長するにつれてどんどん簡素になり、今はお内裏様とお雛様だけだ。それでも毎年きりせんしょをお供えし、実家でしていたようにご近所や友に配る。そのために八十個は作るだろうか。その日の我が家はあずきの甘い匂いでまるで和菓子屋のようになる。皆さん、毎年待っていてくれて喜んでくれる。一年に何度も会えない人にも届ける。お互いに、元気でいますよ! という証のように思う。

img_s
イラスト:はやしみこ
author

柏葉幸子(かしわば さちこ)

児童文学作家。岩手県生まれ。『霧のむこうのふしぎな町』で第15回講談社児童文学新人賞を受賞。『岬のマヨイガ』で第54回野間児童文芸賞を受賞。『帰命寺横丁の夏』(英訳)で米国バチェルダー賞を受賞。『モンスター・ホテル』シリーズ他。2024年『竜が呼んだ娘』1~4巻まで出版予定。

booktitle
『竜が呼んだ娘1 弓の魔女の呪い』講談社

2024.05更新

閲覧数ランキング