第44回 篠田節子さん

手をかけるほどにまずくなる

 半世紀も前に、親類の結婚式の引き出物にもらった直径26センチほどのアルミの二段蒸かし鍋を実家からもってきた。
「こんな大きな物を田舎の大家族じゃあるまいし」と母がぶつぶつ言って、戸棚の奥にしまい込んでいたものだ。それを夫と二人所帯で、重宝している。
 下段の鍋に水をはり、上段の穴あき鍋に野菜をゴロゴロ、あるいはざくざく入れて火にかけ、あとはキッチンタイマーをセットして仕事をしていればいい。適度に柔らかくなったものに、塩一つまみで食べてみる。根菜、キャベツ、カボチャ。様々な野菜の絶妙な味わいに驚かされる。不思議なことに濃厚なソースをかけた後は、舌が麻痺するらしく、このおいしさや風味が感じられなくなる。
 料亭や小料理屋で小鉢に盛り付けられた野菜の煮物はおいしいのか?皮を厚くむき、飾り包丁を入れ、珍妙な形に巻いたり積み上げたり……。アクや苦みのほとんどない最近の野菜に過剰な処理を施し、だしと調味料をたっぷり吸わせれば、本来の風味など吹っ飛ぶ。そうした料理が和食としてもてはやされ、なおかつどこぞの高級食材でござい、と法外な値付けがなされる。
 遠い昔、アクが強くて硬い野菜が長い流通経路を経て運ばれてきたのを、当時の知恵と技術で何とかおいしく加工し、飾り付け、高値の付く料理に仕立てたのが、伝統和食として位置づけられてしまったのではないのか?商売ならいざ知らず、それが正統的な和食として家庭に入り込んでくるのは、迷惑な話だ。
 大半の料理は、手をかければかけるほどにまずくなる。
 野菜料理は面倒、と半調理品、加工食品に手を出す前に、忙しい方には、ぜひ試してほしい。新鮮な青菜は茹でるか、炒めるかだけで十分味が出る。一般的なレシピにあるような面倒な下処理の必要なものなどそう多くはない。旬のキュウリは味噌をつけてかじれば清涼な風味が舌の上に広がる。鍋からがさりと大鉢に移したごった煮は、インスタ映えはしないが食卓に意外な充実感をもたらす。
 食べるとは生きること、そんなに手のかかる小洒落たものであるはずがない。

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イラスト:今井夏子
荻野アンナ

篠田節子(しのだせつこ)

小説家。1955年東京生まれ。「ゴサインタン」(山本周五郎賞)、「女たちのジハード」(直木賞)、「仮想儀礼」(柴田錬三郎賞)、「インドクリスタル」(中央公論文芸賞)、「鏡の背面」(吉川英治文学賞)など。題材は多岐にわたり、農業テーマ、農村が舞台の作品は「ブラックボックス」「田舎のポルシェ」など。最新刊は「セカンドチャンス」。

「老婦人マリアンヌ鈴木の部屋」 朝日新聞出版
「セカンドチャンス」
講談社

2022.08更新

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